『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』

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“玉砕を拒んだ”総指揮官栗林忠道。彼は命の一滴まで戦い続けた。東京を、日本を、空襲から守るために。
安全な場所で、戦地の実情を知ろうともせぬまま地図上に線を引き、「ここを死守せよ」と言い放った大本営の参謀たち。
見捨てられた島で、それでも何とかして任務を全うしようと、懸命に戦った栗林以下2万余の将兵たち。
栗原は死よりも苦しい生を生きよと言い、命の最後の一滴まで使い切れと命じた。勝利も帰還も望めぬ戦場で、潔く散ることさえも禁じた。
彼等は、自分たちが生きて抵抗しているうちは硫黄島は落ちたことにならないと信じた。彼等は「5日で落ちる」と言われた硫黄島を36日にわたって持ちこたえた。
本土の人々が永遠に知ることのない生きざま死にざまをせめて言葉にすることが、2万将兵の生死を司る総指揮官の最後の務めであった。
その電報が大本営によって改変されようとは・・・・・・。

加計呂麻にも、硫黄島にも茂っている「銀ネム」。硫黄島では、占領後、米軍が島中に野ざらしになっていた日本兵の遺体の死臭を消すため、根付きやすく生長の早いこの木の種子を大量に空中散布したのだという。
この本を読んでから、道端の「銀ネム」が、ただの木に見えなくなりました。

