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昨日に続き、木下さんと赤井さんと加計呂麻を回ります。

まず、渡連の待網崎の入り口と安脚場戦跡公園へ。待網崎では入口の看板に一番激しい戦いがあった日付けが書いてあったというご記憶でしたが、無し。調べましょうね。

安脚場戦跡公園では、今日までこちらの管理人をなさっている福山さんがお待ちで、一緒に園地を歩きながら情報交換なさっていました。

木下さんがこちらにいらした時に、2月頃、山裾からずうっと白いきれいな花が咲いていた記憶があり、戦後、わざわざ2月に来てみたがその花が見られなかった謎は、土地の払い下げを受けた福山さんが牧場にする爲に焼いたということが判明。今の木々はその後のものなんですね。

天水貯水池の上にあるプールは、福山さんが年配者に聞いた話では、この陣地を作るときにセメントに加える水が必要になるということで天水を溜めたものだということです。工事をするためにイの一番に作ったものなんでしょうね。

発電は重油を使った火力発電で、ディーゼルエンジンを使用していたそうです。
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ここは徳浜。昔、土手の外側に家が一軒あって、そこでご飯を食べさせてもらったことがあるということで、その確認です。残念ながら「けんむん茶屋」さんもお母様もご不在でお話を伺うことはできませんでしたが、家を守っている防風林などをご覧になりながら納得なさったようです。

お仲間が彼岸に旅立たれている中、「自分は以前書いた本の内容で思い込みで書いた部分があるから、それを調べるのが残されている自分の仕事だと思っているよ。」とおっしゃる木下さんです。
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「また来るよ。」
うれしいお言葉です。再訪をお待ちしています!!!
by amami-kakeroma | 2010-03-31 23:57 | 戦争 | Comments(0)
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「○○先生、さようなら~~~!」
蛍の光が流れる中、旧海軍司令部跡まで子供達の声が響いてきました。
今日は戦争中に加計呂麻島に兵隊さんとしていらしたお二人の方とご一緒していました。

お一人は古仁屋在住で敗戦後も武装解除などに立ち会っていた赤井さん。もうお一方は北九州在住で安脚場のカネンテ崎防備衛所と瀬相本部にいらした木下さんです。

お二人は9時に海上タクシーで古仁屋を出て、三浦の先のサキバルの辺りに「蛟龍」が一艘沈んでいないかを海中に錘を落として調べてから三浦集落の桟橋に上陸。10時に何でもありと落ち合うことになっています。

何でもありが10時少し前に「三浦リゾートゴルフセンター」のところを右折すると何人かの方が立ち話をなさっています。通り過ぎてからお二人だったことに気づき、バックバック♪

地元の三浦さんに敗戦後、「蛟龍」がサキバルにあったか、どうなったかを聞いていらっしゃいました。三浦さん曰く、「袈裟懸けのように弾痕のあった一艘があったが、みんながバラして持っていった。」そうです。木下さんの探しているもう一艘のことはご存知なかったです。

何でもありは、山口にお住まいの「蛟龍隊」にいらした岡本さんが、龍郷への移動に使ったと聞いた気がするのですが、最後はどうなったんでしょうね。

三浦さんのお話で、岡本さんが今のマベパールさんの作業所の先で爆薬を集めて時限爆弾で爆破したとおっしゃっていた爆薬が、第17震洋隊の艇に充填されていた爆薬だったことが分かり、何でもありの収穫となりました。

また、第17震洋隊の本部は入り江の奥にあったと勝手に思っていましたが、岬の両側に掘られていた格納壕での動きが把握できるよう岬の上にあったということも分かりました。三浦さんにお礼を申し上げ、瀬相に移動します。

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瀬相の司令部へ向う道です。ここはもっと広かったと聞いていましたが、元の礎石が海の中に残っていました。
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見えますか? 観光課さん、なんとかこの道を元の広さまで拡げていただけないでしょうか。

何でもありは、旧海軍司令部跡が加計呂麻の戦跡の中で一番重要な場所と考えています。加計呂麻で平和教育を行う上で、真っ先に来るべきところではないでしょうか。

瀬相の消防署の脇に旧海軍司令部跡の見取り図等を示し、加計呂麻島がどのような役目をしていたのか、どのような陣容であったか、ここでどのような戦いがあったのか、捕虜がいたのか、地元の人との交流はあったのか、戦後、慰霊祭が行われていたのかなど、島人にも島を訪れる方にも知っていただきたいし、是非、慰霊碑に手を合わせていただきたいと願っています。

明日もご一緒します♪
by amami-kakeroma | 2010-03-30 23:55 | 戦争 | Comments(0)
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生間港待合所の横に、いつの間にか観光ポイントが載ってる看板が作られていました!
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島の方にもゆっくりとご覧いただきたいな♪
by amami-kakeroma | 2010-03-30 02:12 | 観光 | Comments(2)
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「お疲れ様♪」って言ってくれてるようでした。名瀬は遠い・・・。
by amami-kakeroma | 2010-03-29 23:57 | 夕陽 | Comments(2)
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今年10月22日から7日間行われる「13人のグランマザー国際会議 in 奄美」の受け入れ側の顔合わせのようなものが名瀬の「ASIVI」であり、出席してきました。この後、グランマザーのお一人、日系のクララさんがいらっしゃいました。
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今日はバスで名瀬へ。目的地へ向かいながら確認の爲に地図を見ると、現在位置のところにマークがついてる。
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マークはとっても律義者だった。風に煽られても頑張ってる。
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ほっ。
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今日は午後1時から諸鈍公民館で「海の中の世界とヤコウガイ細工講座」がありました。最初は、講師の池村先生が海の中のサンゴなどの生き物について写真を使ってお話しして下さいました。
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続いて、たくさんあるヤコウガイのカットしたものの中から自分で磨きたいものを選びます。何でもありは今まで2回やったことがあるので、皆さんが選んだ後から探しました。やったー! いいのがありました♪
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この貝を10枚の耐水サンドペーパーで磨いていきます。最初の2枚は15分ずつ、裏表前後左右くまなく磨きます。残りは3分ずつ。最後はコンパウンドのようなものを使ってデニムの生地でキュキュキュキュキュ!と音が出るくらい力を込めて磨いて仕上げます。
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出来上がったのがコレです!!! 美しいでしょう♪ 裏にゴムを通せるように穴が開いているので、早速、髪飾りにしている子もいました。
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参加者みんなで記念撮影です。
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担当の丈太郎さん、お疲れ様でした!
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引率の宮原さんと子供達は諸鈍の田んぼも散策して、皆さん、白波の立つ大島海峡をゴンゴンと海上タクシーで帰って行きましたとさ。

次回は、稚貝の放流かな。楽しいから皆さんも是非ご参加下さいね♪♪♪
「うどん炊いたから、同居人と一緒にいらっしゃい♪」
という隣のミエおばと末男さんのお誘いに行ってみると、あら、赤ちゃんがいるー♪
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亡くなった中林生長さんの次女さっちゃんが2月に生まれた頼芯(らいしん)君を、ひいばあちゃんに会わせに来てたんですね。
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「私にも抱かせなさい。」
うふふ、歳の差90歳でーす。

頼芯君は、すでに従兄弟のカー君の弟分として期待されているそうです。

まだまだ増えそうな生長さんの孫(まが)たち。隣のおばちゃんも楽しみです♪
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リュウキュウマツがマツクイ虫にやられて枯れています。
生間、諸鈍、渡連、安脚場あたりの景色はみんなこんな感じ。
「ひどいね~。」
最初、お客様は一様に驚かれます。
でも、
「松の木の下に、広葉樹が元気に育っているのが分かります? 外来種の松が枯れて葉を落とすと、今まで松の枝で日が遮られて小さくなっていた本来あった広葉樹が、陽を浴びてドンドン育ってきているんですよ。」
と、ご説明すると、安心なさるんです。

マツクイ虫が入ってから5年経つと幹の皮が剥がれてきて、後は大風で倒れるのを待つばかり(道路脇や人家にかかる木は、町で切ってくれています。)。

この木で入って2~3年でしょうか。あと数年の我慢です。

マツクイ虫が入ってから5年以上経過している西の嘉入・須子茂・阿多地へ行ってみて下さい。見事な椎の森が出現していますよ!