カテゴリ:マツクイムシ( 7 )

今日のお客様は、三重からいらした溝部さま。お話しをうかがうとお仕事をリタイア後、「自然農法」を学ぶために三重に引っ越され、そろそろ移り住むところを探そうかと思い始めたところでのご旅行だそうです。

「移住」・「農業」というキーワードが揃いましたら、西阿室の丸山さんでしょ。ということで、お電話をしてお邪魔しました。丸山さんも、最初は自然農法を試そうとなさったそうですが、雑草のあまりものパワーに、それぞれの土地にあった自然農法があるだろうと、現在の方法に落ち着いたということをお話しして下さいました。
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これは、呑之浦。島の半分を回る「寅さんコース」をお申込でしたので、お宿「和の夢」さんから瀬相に向う途中に立ち寄りました。順調にマツクイムシの被害樹の伐採が進んでいます。
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西阿室を出て、花富峠を回ると昼。伊子茂の「5マイル」さんでランチをいただきました。外が気持ちがいいので、木陰でランチでーす。

「お待ちになっている間に、ハンモックなんかお使いになってはいかがですか?」
「先客がいるようですよ。」
「???」
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マシュがお昼寝中。というか、爆睡中♪。
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お顔が小さくなってしまいました。すみません。安脚場戦跡公園で。

加計呂麻って、くるっと回るとこんな島ですよ。どうぞ、移住先の候補のひとつに残しておいて下さいね。
今日は1日、ありがとうございました!!!
今日は、福岡県小郡市にある「野田宇太郎文学資料館」の方をご案内しました。

「野田宇太郎」とは、どんな人か。「野田宇太郎文学資料館」のHPの「小郡の詩人、野田宇太郎のご紹介」のページを読むと、何でもありが知っている名前は少し。それでも、「文学散歩」の産みの親だったりと、とても興味深い文学者であり編集者でした。

明治42年10月、三井郡立石村大字松崎(現福岡県小郡市松崎)に生まれ。
1 詩人
 野田宇太郎の詩人としての活動は、昭和5年、久留米に出て同人誌「街路樹」に参加した頃からはじまります。昭和8年第一詩集「北の部屋」を刊行。昭和11年には、詩誌「糧」(後に「抒情詩」と改題)を創刊し、盛んな詩作活動を展開しました。「糧」には丸山豊、安西均など優れた詩人が集いました。また、昭和17年に出版された「旅愁」は、詩集のベストセラーとなり、野田は詩壇に揺るぎない位置をしめました。

2 出版・編集者
 昭和15年、上京して出版社に入社した野田は、雑誌「新風土」を編集、下村湖人の埋もれた原稿「次郎物語」を出版してベストセラーにするなど、優れた出版編集者として活躍し、昭和19年には、戦争末期ただ一つの文芸誌となった「文藝」の責任編集者として、あらゆる困難に立ち向かって文芸の灯を守りました。
野田の編集者としての鋭い批評眼と人物発掘には定評があり、その手がけた雑誌より、当時無名だった三島由紀夫幸田文らを作家として世に送り出しました。

3 文学散歩の創始者
 「文学散歩」の語は、野田宇太郎の創案になるもので、昭和26年「日本読書新聞」に「新東京文學散歩」を連載したことにはじまります。以来30余年にわたる「文学散歩」は、野田のライフワークとなりシリーズ全26巻が刊行されました。「文学散歩」は、実地踏査による文学の実証的研究書の先駆けであるばかりでなく、独自の優れた紀行文学でもあります。
 野田が「文学散歩」の執筆を決意したのは、戦争と戦後の無惨な文化遺産、自然風土の破壊に対する文学者としての憤りからでした。「過去の目標を失えば、同時に未来の目標も失う」という野田の言葉は「文学散歩」を生みだし、藤村記念堂、鴎外記念館、明治村の建設など歴史的風土の保存への情熱と尽力は「文学散歩」の意義の実践でした。

1~3までを、島内を回る間に解説していただいちゃったりした8時間。贅沢でした。ありがとうございました!!!

以下、ツアー中のスナップ。
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売られていく子ヤギ。
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夫婦デイゴが伐採された大屯神社。
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クロマダラソテツシジミがパーティー中のソテツ。
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冬支度の整った呑之浦の遊歩道。じゃなくて、マツクイムシの被害樹の伐採が終った遊歩道。
遊歩道の先、「出会いの浜」へ行くまでの海岸線の枯れ松の伐採もよろしく!!!
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シーズン終盤のユウナの花と咲きガラに集うシロジュウジホシカメムシの幼虫たち。
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猫溜まり。
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生間待合所の燃えるゴミ入れの中。
今日のお客様は、お転婆姉妹とご主人さま。お姉様が同じ集落の方の奥様ということもあり、
「そうですか、妹さんご夫妻は二度目の加計呂麻ですか。随分前に、諸鈍の近くは回られたかもしれないんですか。では、西の方に行きましょう。」
と、9時過ぎに、なんだか気楽に出発させていただきました。
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呑之浦へ寄ってみると、マツクイムシにやられた松が倒れるといけないと立ち入り禁止になっていた遊歩道に、枯れた松の伐採が入っていました。時間がかかるかもしれませんが、安心して通れるように、よろしくお願いします。

於斉のガジュマルの大木で遊んで、花富峠へ向おうと伊子茂の歯医者さんの前を通過したときに、今日の治療の予約をキャンセルするのを忘れていたことに気づきました。

予約が10時30分で、今が10時53分。お客様に、歯医者さんに断りを入れてきてよろしいですかと伺うと、
「あら~、そこ(伊子茂桟橋の待合所)で時間を潰して待ってるから、治療してもらってらっしゃいよ~。」
って。なんと、このガイド、診察台に上がっちゃいました~。今日は、型取りでした~。

30分後に戻ると、待合所は区長さんと工事関係者の打ち合わせに使うとかで出されちゃったそうですが、きれいな海をご覧になって待っていて下さいました。

花富峠からの絶景を堪能して、「5マイル」さんに戻りランチ。秋徳経由で諸鈍へ戻る途中、雲が多くなっていましたが、絶対にいらしてないと思われるムルクマの「ソテツ公園」へご案内しました。
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「ソテツ公園」から車に戻る途中の坂から、正面に諸鈍集落が見えたりするので、諸鈍関係の方にはまたオススメのところです。

この後、諸鈍を通り過ぎて徳浜の塩工場とライオン岩を見て、ご自宅へ。こちらでコーヒーをいただきながら、昭和2年、天皇陛下が行幸なさったときに一緒の船にお身内が乗っていた話や、戦争中の話しなどを伺って4時過ぎにおいとましました。

奥様はとっても植物に詳しくていらして、ご主人様には昔のお話を伺えて、何でもありもとっても勉強になりました。また、機会を作って加計呂麻を回りましょう! これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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お庭にあったジャカランダ。
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こちらは南洋ハスです。
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俵集落の海岸通り沿いのリュウキュウマツ。この10mで、青い松葉が、赤くなって、茶色くなって、葉っぱが落ちて、枝が落ちてと、マツクイムシの被害の進行状態を見ることができます。

台風シーズンが来る前に切らなくちゃ(倒さなくちゃ)いけない松だらけなので、町は頭が痛いでしょうね。
今日のお客様は、来々夏ハウスさんご紹介の井上さん。ランチの終る午後1時にお店にお迎えにあがりました。3時55分の「フェリーかけろま」に間に合うようにご案内しまーす!
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まずはお隣の安脚場戦跡公園へ。マツクイムシの被害樹の伐採が続いています。ロープで引っぱっておいてから切っていきます。

「そうなんですか、海上自衛隊の方なんですか。何をなさっているんですか?」
「ヘリコプターですか! 鳥がぶつかってきません?」
「大きな鳥は避けますか。小さな鳥が当っちゃうんですかー。」

いろいろな質問に応えていただきながら、徳浜の浜を散策して、「さんご塩工房」を見学。
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諸鈍のデイゴ並木へ折れる道の塀の上に身じろぎもせず座っている猫。
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この枝はきれいに花がついていますね。
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デイゴ並木から一歩奥に入ると、巨大なパンノキがお出迎え。分かりますか、枝の先の新葉の隣に小さな実が出来はじめています。
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やっと
お迎え犬コロ」のお出まし。「よくお越し下さいましたワン♪」
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デイゴ並木最高齢のデイゴの木と記念撮影。
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後ろの赤い葉っぱみたいなのをつけたのがクリスマスに飾るポインセチアですよー。
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今日現在のデイゴ並木と井上さんです。葉っぱの出方が早いのか、緑にちらちら朱赤がある程度の木が多いです。
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最近あんまりこの木の写真を撮っていませんでした、「握りこぶしのデイゴ」の下で。
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10時45分、生間港到着です。

途中、「どうして自衛艦は灰色なんですか?明るい色じゃ駄目なんですか?」とか、おばちゃんガイド質問攻め。
「あの灰色は、日本海の平均的な海の色と聞いたことがあります。そこにいて目立たないように塗っているんだと思います。」
「へー。ずっと奄美の夏の海にいるんだったら、明るい色になるのかなあ・・・。」

「船が航行しているときは、何をなさっているんですか?」
「自分達は航行中は海が見えるところにいないんですよ。」
「?」
「下でヘリコプターの点検をしていたり、飛行の準備をしていたりですね。」
「窓無いんですか?」
「はい。」
「へー」

客船じゃないんですもんね。

何度か古仁屋に入港していて大島本島側はご存知だったので、今回は初めて加計呂麻へ行ってみようと思われたのだそうです。

明日は出航だそうです。航海の無事をお祈りしています! ありがとうございました!!!
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ここのところ、旧鎮西地区にもマツクイムシの被害が急に目立つようになりました。あと1年かからずに、旧実久地区の数年前のように山が赤茶色の松の木に覆われることでしょう。
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実久地区の被害はひどいものがあります。今のうちに手を打たないと、取り返しがつかなくなります。