5月9日 曽津高崎灯台へ その4

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                        曽津高崎灯台に到着です!
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                   第二次世界大戦時の機銃の跡が残っています。
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                             説明板です。
<曽津高埼灯台>
 大島海峡西口に位置するこの曽津高埼灯台は、明治29年11月25日、奄美群島で一番最初に設置・点灯した由緒ある灯台で、明治27年・28年の日清戦争(現在の中国と日本との戦争)により、我が国の領有となっ<た台湾の経営・開発上緊急に航路を整備する必要から、九州以南では屋久島灯台をはじめ釣掛埼灯台、沖縄の伊江島灯台、先原埼灯台などとともに建設された、いわゆる台湾航路灯台の一つであります。
 現在は、本土から奄美の各島々・沖縄等を結ぶ大型の定期旅客船・貨物船・漁船などが航海の目標として利用しており、はるか沖合いの海上からでもこの位置を確認することができる重要な施設です。
 復帰前、琉球政府が建設した旧灯台は老朽のため、昭和63年2月改築され現在の灯台に生まれ代わっております。 また、灯台を囲む塀には、第二次世界大戦の終わり頃、アメリカ軍の機銃掃射を受けた弾痕の跡が今なお生々しく残っています。
 このほか、ヘリポートや風向・風速計などが整備されており、緊急時に対応できるようになっています。

     補足: 明治29年11月1日 初点
          明治45年5月20日 地震により灯器大破
          昭和20年 第二次世界大戦により破壊される。
          昭和28年7月1日 琉球政府により灯塔建設、米軍コーストガード灯器取り付け
          昭和32年 船着場及び道路新設


 施設の概要 赤字は明治29年11月1日、初点灯時の数値
1 位置          北緯28度15分03秒
               東経129度08分20秒
2 塗色及び構造    白色 塔形 コンクリート造  白色 鉄造八角形
3 等級及び灯質    無等 単閃白光 毎15秒に1閃光
               (15秒毎に1回ピカッと光る)
4 光度          80万カンデラ  
               (40ワット白色蛍光灯約2400本の明るさに相当)
               約6千5百カンデラ
5 光達距離       29海里(約53km先まで届く) 23海里(約42.5km)
6 高さ          地上から灯台の頂部まで 16m  構造物高さ 3丈尺(約6.4m)
               海面から灯火の中心まで 139m 海面上高さ 43丈6尺(約79.4m)
7 光源          100ボルト 1000ワット白色電球
8 監視方法       無線監視装置により名瀬海上保安部において灯火の異常など監視
9 管理者        奄美海上保安部

        灯台は船舶が安全に般行するための大切な航路標識です。
        航海の安全のためみんなで大切にしましょう。
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                           最果て感があります。
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                    崩れた斜面はネットで保護してありますが、
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             山羊さんは、ネットの上から育ってきた草を食べてしまうのだそうです。
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             先端まで行って振り返った左手は、普段見ることの無い枝手久島です。
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                         ここも酷く撃たれています。
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                              あほ。
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                            高いところですね~!
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                         先から振り返って見ました!
by amami-kakeroma | 2008-05-10 18:01 | 集落散策 | Comments(2)
Commented by at 2008-05-10 18:17 x
ここは 実は足がすくむんです~~~ 大変でしたよ(大笑
何度入っても 山羊のようにはいきません!!その意味では
尊敬します(爆!! もっと驚いたのはここへ住んだ家族がいたこと
その子供達が西古見の学校まで 通ったこと!! 
それだけでも根性つきますよ(笑!!
Commented by 何でもあり at 2008-05-10 18:39 x
きさんは、曾津高崎のスペシャリストですね。
この日は、頼もしい方達と一緒だったので怖くなかったのかもしれません。
燈台守の方達って、すごい責任感をお持ちだったんですね。
冷蔵庫も無い時代に、さぞ大変な暮らしだったと思います。
子供達は、普段は西古見の寄宿舎のようなところにいたようです。