薩川集落の「ナナヒロムゴ」

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薩川集落の西奥のカミミチを少し上ったところにある岩屋を、地元では「ナナヒロムゴ」(七尋の広さがある横穴の意味)と呼んでいるそうです。

まずカミミチといっても人が歩いていい道だったのが意外でした。須子茂や他の集落と違いカミミチの両脇に屋敷があり、カミミチに面して門があり、人が出入りできます。

「ナナヒロムゴ」の外観は、大きな岩(高さ3mぐらい?)の下が水平に割れて無くなっていて、クサビ形に人がかろうじてしゃがんで入れるくらいの空間ができており、奥の少し手前に石が積まれ、さらにその奥に骨があります。以前は手前のところにも骨が散らばっていたそうです。
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一気に「ナナヒロムゴ」の中です。医科学研究所のハブ博士、服部先生が、奥の骨をご覧になっていらっしゃいます。この後、石積みの奥まで入られました。
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「おおっ、ハブがいるよー。」と先生。石積みの方に進もうとして小さなハブがいるのに気づかれました。「そっちから見えますか~。」「はい、背中が・・・。」

「いるもんですね~。」と先生は、ハブの横を通って出ていらっしゃいました。
ふむー、さすがー!
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                         ヤカンのなる木です。
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うっそでーす。集落の墓地の入口の木にかけてある各家のヤカンです。台風でも飛ばないそうですよ。
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「ノロ神様」のお墓、厨子甕です。親族の方のご了解を得て、写真を撮らせていただきました。ご存命の間にお会いすることが出来ませんでした。
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このお墓に刻まれているお名前は文字を全部読むことはできませんが、最後に「姉」がついています。ノロ神様の家系の方のお墓ではないか? という話がでました。
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薩川集落のお墓の特徴のひとつは、このダイヤ模様のタイルづかいでしょう♪
by amami-kakeroma | 2008-02-20 00:20 | 集落散策 | Comments(8)
Commented by ほーげっちゅ at 2008-02-20 01:31 x
徳之島の風葬跡が有名だけど、大島も岩陰に骨のあった場所がありますね。
「ナナヒロムゴ」、どんな謂われがあるんでしょう?
とある有名スポットのすぐ近くにも、骨があったのですが昔話に行き着いてないのです。
Commented by bonn1979 at 2008-02-20 11:41 x
ヤカンの木
の写真お借りしました。
一度見たら忘れられない不思議な構図です。
それで
集落の解説(というか引き写し)シリーズに「薩川」を加えました。
Commented by 何でもあり at 2008-02-20 20:24 x
奄美大島・加計呂麻もむかーしは風葬だったと聞いています。
次が洞窟葬。各集落のはずれの岩陰は風葬や洞窟葬に使われて
いたんでしょうね。
「ナナヒロムゴ」にある骨については、「集落のどの家とも関係ない人の骨」と
伝わっているそうです。オボツの下方にあるのですが、ノロとも関係ない
そうです(ノロの家系の方の話)。
昔、実久集落の子供が骨を持ち出したところ熱を出したということがあり、
それから持ち出さなくなったとも聞きました。それ以上の話は無いそうです。
Commented by 何でもあり at 2008-02-20 20:26 x
bonn1979 さん、どうぞどうぞ♪
解説していただく集落が増えてよかったです。
Commented by biza at 2008-02-20 21:27 x
ヤカンの生る木! すてきですー。台風でも飛ばないって、魔法のようです。

お墓、享保17年と読める気がしますね。だとすると1732年、ずいぶん
古いものですね。
Commented by 何でもあり at 2008-02-20 22:12 x
bizaさん、実は「結構飛ばない」と“結構”がついていましたので、
いくつかは飛ばされるようですけどね。

それから、このお墓は鹿児島の山川石製です。
大島の役人「与人」の上国が始まったのが元禄4年(1691年)、
その頃から上国したついでに仕入れて帰り舟に載せてきたので
しょうかね。
Commented by ほーげっちゅ at 2008-02-21 01:49 x
ありがとうございます。
>「集落のどの家とも関係ない人の骨」
こっちもそんな感じで、もひとつはっきりしなかったのです。
今の集落からも離れているし、流されるような場所だし。

風葬→洞窟葬(トゥルー墓?)→モーヤ、ハヤ→石塔の順でしょうかね。
あちこち斜め読みで覗いたら、最近の解釈で徳之島は土葬→洗骨後に納骨していた場所が風葬跡と呼ばれたとこも多かったみたいですね。
...色々興味深い話が目に映るのですが、リキが入らずダウンしました。
Commented by 何でもあり at 2008-02-21 22:18 x
>とある有名スポットのすぐ近く
そこの骨も由来が分からないんですね。
地名にもヒントがなく伝承もないとなると、想像力に欠ける何でもありは
お手上げでリキが入りません。